女剣士、中澤琴(1839-1927)

ポール・バデン著

中澤琴については英語ではほとんど書かれていない。しかし、ウィキペディアなどによると、彼女は1839年に上野国(こうずけのくに、現在の群馬県)で生まれたとされている。

幼い頃より武術を学び、剣術に長けていた。長刀の腕は、父の中澤孫右衛門をも勝る腕前であったと言われている。また、法神流を学び、鎖鎌を使った。

1863年、清川八郎率いる徳川将軍が京都に上洛する護衛を勤める「浪士隊」に男装して兄・貞祇(さだまさ)と参加し、京都へ赴いた。

琴は女性にしては身長が170cmと高かった。江戸時代の日本の平均身長は男性155cm、女性143cmであったが、現代でも170cmは女性としてはかなりの身長であることからも、当時としては驚くほどの身長で、男装する時に便利だった。また、彼女は大変な美人だったそうである。

「男装すれば娘たちに惚れられ、女の格好をすれば多くの男性に言い寄られた」

と言われている。

浪士隊は経済的には徳川幕府の支援を受けていたが、清川八郎らは尊王攘夷の色が強く、京都に他の浪士を集めて京都の破壊工作に対抗しようと画策していた。計画が明らかになると、清川八郎はすぐに浪士隊に江戸へ帰還するよう命じた。その後、江戸に行った中澤琴をはじめとする浪士たちが新徴組の創設メンバーとなり、浪士隊は解散した。1863年3月26日、清川は14代将軍徳川家茂の上洛の護衛として江戸を出発し、4月10日に京都に到着した。

戊辰戦争 

中澤琴は兄と共に江戸幕府軍警備組織である新徴組に入隊し、新政府軍と旧幕府軍および奥羽越列藩同盟が衝突した戊辰戦争では、旧幕府軍について戦い活躍した。新政府軍の軍事行動と江戸での尊王攘夷派の暴力行為の数々が、将軍徳川慶喜が京都の朝廷を攻撃して支配しようと試みるきっかけとなった。

中澤琴は戊辰戦争の際、江戸で薩摩藩・小城藩(薩長同盟)から旧幕府軍を守ったと記録されている。

後、兄と共に北越戦争に参加する。この戦いでは、十数人の敵に囲まれ、刀で敵の攻撃をかわして包囲を突破した。

これらの戦いを生き抜いた琴は、明治維新と昭和の幕開けを目の当たりにする。彼女は生涯独身を貫いたとも言われている。彼女は「自分より弱い者のところには嫁には行かぬ」と言っていたと言われている。どうやら、琴に勝てる男はいなかったようで、生涯独身のままだったようである。しかし、「群馬人国記」などの郷土史によると、一度は結婚したものの、何らかの理由で再び独身になったとされている。

中澤琴は故郷である利根郡に30歳代半ば戻り、ここで晩年まで過ごしている。群馬県の北毛地区と呼ばれる山間部で、自然に囲まれ四季折々の美しさに溢れていた。そんな自然の美しさを味わいながら、酒を飲めば詩を吟じて、少女時代に習った剣舞を舞ったと言われている。剣舞は刀と扇子を使った日本の伝統的な踊りである。剣舞の起源は平安時代にあるが、現代に伝わる剣舞は1868年に始まった明治時代の産物で、武士が剣術で生計を立てようとしたことに始まる。

剣舞

中澤琴は江戸、明治、大正、昭和と4つの時代を生きた女剣士である。1927年10月12日、88歳で他界した。

中澤琴の墓は、彼女が生まれた群馬県利根郡にある。近くに記念碑が建っており、多くの人がこの墓を訪れている。

テレビドラマ『花嵐の剣士 〜幕末を生きた女剣士・中澤琴〜』が2017年に公開された。

テレビドラマ『花嵐の剣士 〜幕末を生きた女剣士・中澤琴〜』で中澤琴を演じた
黒木メイサ

参考:

 Nakazawa Koto’s page on Wikipedia 

 “群馬「男装の剣士」中澤琴に静かな注目 子孫が墓建立”, from the Japanese newspaper Asahi

刀剣ワールド「歴女も憧れる女剣士ヒストリー、中沢琴」Touken World Japanese sword virtual museum

風来爺ブログ「日本史―中澤琴とは!幕末を生きた女剣士を簡単にご紹介します」アーカイブ2018年11月3日

「新徴組・中沢琴」幕末の最強女性剣士はとてもイケメン2019-07-14、Umako 歴史ファイル

ポール・バデン

剣歴は40年、弘道館剣道クラブ館長、剣道教士七段。1987年スウェーデンのマルメで開催されたヨーロッパ剣道選手権大会でイギリス代表で団体戦銅メダル受賞。弘道館国際剣道セミナー主催を34年間務める。

またヨーロッパ剣道史の研究家・作家として広く知られている。
著書:
Looking at a Far Mountain – A Study of Kendo Kata 
Devil’s Gloves and the One Cut – An introduction to Ono-ha Itto ryu Kata 
The Three Ages of British Kendo、Biographical Portraits – Volume IX 
A Truly British Samurai – The exceptional Charles Boxer 
The Oshu Kendo Renmei – A History of British and European Kendo (1885- 1964) 
A Man of Many Parts- Portrait of an Inimitable Swordsman 
Paper Butterflies – Unravelling the Mystery of Tannaker Buhicrosan 

ヨーロッパ剣道連盟主催ヨーロッパ剣道選手権大会で、20年以上にわたり司会進行を務める。2003年グラスゴーで開催された第12回世界剣道選手権大会ではイギリス剣道連盟の主催ディレクターを務めた。元マルタ剣道連盟会長兼テクニカル・ディレクター。

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